人間宣言からみるに戦前の日本は妄想が溢れていた・・・

 
 
 
 
この記事の一番下の「天皇人間宣言」を掲載しておいた。
 
この人間宣言の中で
 
朕ト爾等国民トノ間ノ紐帯ハ、終始相互ノ信頼ト敬愛トニ依リテ結バレ、単ナル神 話ト伝説トニ依リテ生ゼルモノニ非ズ。天皇ヲ以テ現御神(アキツミカミ)トシ、且日本国民ヲ以テ他ノ民族ニ優越セル民族ニシテ、延テ世界ヲ支配スベキ運命 ヲ有ストノ架空ナル観念ニ基クモノニモ非ズ。

 
という部分に注目して欲しい。
 
つまり、簡単に言うと
 
私とみんなの絆はね、信頼と敬愛だけで結ばれてるのであって、神話とか伝説なんか関係ないんだよ。

天皇』という存在を神様にして、「俺たちはその子孫なんだから優秀な民族なんだ。」て(他の民族を)見下して、挙句の果てには世界征服をするべき運命なんだ――なんて架空のものではない

というのである。
 
これは、逆に言えば、戦前、戦中において、
 
天皇ヲ以テ現御神(アキツミカミ)トシ、且日本国民ヲ以テ他ノ民族ニ優越セル民族ニシテ、延テ世界ヲ支配スベキ運命 ヲ有ストノ架空ナル観念」
 
が蔓延していたから、こう述べているのである。
 
さて、ではどんな風に蔓延していたのか?
 
 
 
堀幸雄氏は著作『戦後の右翼勢力』 の中で以下のように書いている。
 
 はじめに より
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なぜ右翼に関心を持つのか。それは多分私の子供のころの生活体験と無関係では無いように思われる。
「時代があんな時代だった」と言ってしまえば、それまでかもしれない。しかし私が小学校へ上がって以来、耳にたこができるほど聞かされてきた天皇神国日本、それから忠君愛国等等についての色々な話や体験を私はそう簡単に忘れる事はできない。おそらく私と同世代の人たちは、皆同じ体験を持っているはずである。その時代私達の毎日は皇国賛美に明け暮れた日々だった。そして天皇や皇国の背後には不思議な事にいつも「神」がつきまとっていた。
天皇は現人神であり、天皇の日本支配は神勅によって与えられていた。私達はそれに対して、一片の疑問さえ口にする事は許されなかった。私達はなんと言う不幸な民族だったのだろうか。そして日中戦争が始まると、その天皇、皇国賛美は一層オクターブを高めた神社への参拝が学校行事として始まった。神社は鎮守神から軍神に変った。
もちろん当時、私がそのような思想動員の意味を理解していたわけではなかった。しかし天皇や皇国賛美を説教されるたびに、ぼんやりした疑惑は次第に深まっていった。中学生になった時には、もはや教師たち、あるいは新聞、ラジオを通して流されてくる「神国日本」式の話は、信用できなくなっていた。多分それは素朴な合理主義にすぎなかったろう。教師や配属将校たちの言う戯言など恥ずかしくて聞いてはいられなかった。彼らにしてもそれを信じていないのが本当ではなかったろうか。仕方なく喋っていたのではないかと思う。しかしそうでもなさそうな人も何人かはいた。信じていないなら、恐らくあんな喋り方はしなかったろうから。ともかくこうして強制された天皇支配下の日本の非合理性は、苦痛以外の何ものでもなかった。
「神国日本」を典型的に演じたのはむろん軍人だったが、彼らの精神主義が高じてくるとそれは暴力に変わった。一体何の権利があって軍人は国民に暴力を振るうのか。戦争のさなかだと言うのに、国民は味方からいじめ抜かれた。
・・・・・<略>・・・・・・
だが考えて見ればそれらは全て天皇に収斂されていた。天皇が全ての非合理性の根源であった。そしてその天皇制を国民に強要し、国民を痛めつけてきたのは、軍人を始めとする右翼的諸勢力であった。・・・・・・現人神とは何たる詭弁であろうか。そして、君側の奸を許す現人神とは何たる逆説だろう。私は神聖な天皇を吹聴するだけでなく、国民にそれを暴力的に押し付けてくる軍人や右翼に反感を持たざるを得なかった。



天皇ヲ以テ現御神(アキツミカミ)トシ、且日本国民ヲ以テ他ノ民族ニ優越セル民族ニシテ、延テ世界ヲ支配スベキ運命 ヲ有ストノ架空ナル観念」
 
が蔓延していたのである
 
 
 
 
 
 
 


 
 
 
官報 号外 昭和二十一年一月一日

詔書

茲ニ新年ヲ迎フ。顧ミレバ明治天皇明治ノ初国是トシテ五箇条ノ御誓文ヲ下シ給ヘリ。曰ク、
一、広ク会議ヲ興シ万機公論ニ決スヘシ
一、上下心ヲ一ニシテ盛ニ経綸ヲ行フヘシ
一、官武一途庶民ニ至ル迄各其志ヲ遂ケ人心ヲシテ倦マサラシメンコトヲ要ス
一、旧来ノ陋習ヲ破リ天地ノ公道ニ基クヘシ
一、智識ヲ世界ニ求メ大ニ皇基ヲ振起スヘシ
叡旨公明正大、又何ヲカ加ヘン。朕ハ茲ニ誓ヲ新ニシテ国運ヲ開カント欲ス。須ラク此ノ御趣旨ニ則リ、旧来ノ陋習ヲ去リ、民意ヲ暢達シ、官民拳ゲテ平和主義ニ徹シ、教養豊カニ文化ヲ築キ、以テ民生ノ向上ヲ図リ、新日本ヲ建設スベシ。
大小都市ノ蒙リタル戦禍、罹災者ノ艱苦、産業ノ停頓、食糧ノ不足、失業者増加ノ趨勢等ハ真ニ心ヲ痛マシムルモノアリ。然リト雖モ、我国民ガ現在ノ試煉ニ直 面シ、且徹頭徹尾文明ヲ平和ニ求ムルノ決意固ク、克ク其ノ結束ヲ全ウセバ、独リ我国ノミナラズ全人類ノ為ニ、輝カシキ前途ノ展開セラルルコトヲ疑ハズ。
夫レ家ヲ愛スル心ト国ヲ愛スル心トハ我国ニ於テ特ニ熱烈ナルヲ見ル。今ヤ実ニ此ノ心ヲ拡充シ、人類愛ノ完成ニ向ヒ、献身的努カヲ効スベキノ秋ナリ。
惟フニ長キニ亘レル戦争ノ敗北ニ終リタル結果、我国民ハ動モスレバ焦躁ニ流レ、失意ノ淵ニ沈淪セントスルノ傾キアリ。詭激ノ風漸ク長ジテ道義ノ念頗ル衰へ、為ニ思想混乱ノ兆アルハ洵ニ深憂ニ堪ヘズ。
然レドモ朕ハ爾等国民ト共ニ在リ、常ニ利害ヲ同ジウシ休戚ヲ分タント欲ス。朕ト爾等国民トノ間ノ紐帯ハ、終始相互ノ信頼ト敬愛トニ依リテ結バレ、単ナル神 話ト伝説トニ依リテ生ゼルモノニ非ズ。天皇ヲ以テ現御神(アキツミカミ)トシ、且日本国民ヲ以テ他ノ民族ニ優越セル民族ニシテ、延テ世界ヲ支配スベキ運命 ヲ有ストノ架空ナル観念ニ基クモノニモ非ズ。
朕ノ政府ハ国民ノ試煉ト苦難トヲ緩和センガ為、アラユル施策ト経営トニ万全ノ方途ヲ講ズベシ。同時ニ朕ハ我国民ガ時艱ニ蹶起シ、当面ノ困苦克服ノ為ニ、又 産業及文運振興ノ為ニ勇往センコトヲ希念ス。我国民ガ其ノ公民生活ニ於テ団結シ、相倚リ相扶ケ、寛容相許スノ気風ヲ作興スルニ於テハ、能ク我至高ノ伝統ニ 恥ヂザル真価ヲ発揮スルニ至ラン。斯ノ如キハ実ニ我国民ガ人類ノ福祉ト向上トノ為、絶大ナル貢献ヲ為ス所以ナルヲ疑ハザルナリ。
一年ノ計ハ年頭ニ在リ、朕ハ朕ノ信頼スル国民ガ朕ト其ノ心ヲ一ニシテ、自ラ奮ヒ自ラ励マシ、以テ此ノ大業ヲ成就センコトヲ庶幾フ。

御名 御璽

昭和二十一年一月一日