兵隊たちは誰を恨んだか?「3無戦争」の真実



無意味な戦争の無能な将校による無謀な作戦で殺された皇軍兵士たちは、いったい何を思うのか?




 飯田は靖国神社をこう批判する。靖国神社が殉国の英霊を慰霊顕彰するという美しいことばは,遺族・戦友会をはじめ国民の心情に訴えるものがある。しかし,戦争に参加した立場からいえば,そういう立場:「殉国の英霊が顕彰される」は違う。

 戦場となったニューギニアで「10万人を下らない将兵」が餓死,野垂れ死にした。この兵隊たちは誰を恨んだか? そういう作戦をした軍の中枢にいた参謀たちである。この事実を「殉国の英霊」ということばでぼかされることは,とても耐えられない。それでは「戦争の真実が忘却される」(ジョン・ブリーン『儀礼と権力 天皇明治維新平凡社,2011年,269-270頁)。

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 飯田 進[イイダ・ススム]は,1923〔大正12〕年京都府生まれ(2015年で92歳),昭和18年2月海軍民政府職員としてニューギニア島へ上陸する。敗戦後,BC級戦犯として重労働20年の刑を受け,1950〔昭和25〕年スガモ・プリズンに送還される。現在,社会福祉法人「新生会」と同「青い鳥」の理事長を勤めている




一説によれば、アジア・太平洋戦争での死亡した兵士の内、半分以上が餓死・病死だという。

あの戦争を「大東亜戦争」と呼んで誇る者もいるが、私はあの戦争を「三無戦争」と呼ぶ。

無意味・無能・無謀な戦争だったからである。



飯田さんは資源調査委員としてニューギニア
そこで見聞きした想像を絶する地獄・・・飢えと病気に