山折哲雄『天皇の宗教的権威とは何か』に見る「王権神話」考察の乏しさ
伊藤博文はそのころまで,ヨーロッパとキリスト教の事情につうじた開明的な絶対官僚に成長していた。この伊藤が焦燥していたことがあった。ヨーロッパの憲法政治の歴史においては,千余年に及ぶ人民がこの制度に習熟して十分な経験を積んでいるうえに,キリスト教が人心を帰一させうる「国家の機軸」として絶大の役割を果たしている。それに比べて,日本では仏教および神道の宗教としての力量を軽侮されるほかなかった。
佛教は一たび隆盛の勢いを張り上下の人心を繋ぎたるも,今日に至ては已に衰替に傾きたり。神道は祖宗の遺訓に基き之を祖述すとは雖,宗教として人心を帰向せしむるの力に乏し。我国に在て機軸とすべきは独り皇室にあるのみ。是を以て此憲法草案に於ては専ら意を此点に用い,君権を尊重して成る可く之を束縛せざらんことを勉めたり(『枢密院会議筆録』「憲法草案枢密院会議筆記 第一審会議第一読会における伊藤博文枢密院議長の演説」明治21年6月18日,京都での憲法演説)。この一文で分かるように伊藤は,明治憲法における〈人心帰一の機軸〉に神道や仏教ではなく「皇室」を選んだのである。ただし,彼自身が自覚的に,皇室という機軸を仏教とか神道などの宗教的な機軸の代替物になりうるとか,あるいは「宗教そのもの」の精髄になりうるとか考えていたかどうか不詳である。多分,民族の伝統的な智恵と心性を無意識のうちに代弁した結果と思われる。明治の治者階級が抱いた関心事はただひとつ,皇室という機軸が歴史的に実証しているかにみえる永続性とその根拠を,論理的に明らかにする仕事にあった(p125,126)
そこにみられる論理的に唯一の筋道は,皇室の不壊の存在理由を「皇祖たる祖霊」の加護という祖先祭祀の観念によって証明しようとするところにある。「神明」と「祖宗の霊」が皇室の永続性を保証することによって,国家の開始を告げる絶対のアニマ(anima:魂)としての聖位に登ったのである。皇祖皇宗の祖霊は,衆庶の祖霊の上に超越する絶対の威霊として荘厳され祭祀の対象とされねばならない。かくして,アニミスティックな階層制的神権政治の原型がここに像をむすぶことになる(p127)
しかし,以上の説明は,本質的にはあくまでも,明治の絶対主義官僚の思惑がつじつまを合わせるためにだけ案出した「巧知な解説」であった。仮に,万世一系という思想が可能であったとしても,その一系性の論理的な根拠は,歴史的にいったいどのようにして証明されるのか
(p129)
なぜなら、古代から今日にいたるまで天皇は、「アマテラスをはじめとする神々の崇拝」という疑似宗教なくては存在しえない存在だからである。「アマテラスをはじめとする神々の崇拝」の王権神話があって初めて、「天皇」が存在するのである。ゆえに天皇を憲法の中心に据えたという事は、より明確に日本を王権神話に基づく神道国家にしたということになる。
こうした認識の狂いが生じてしまうのは、古代の多神教世界についての考察が乏しいからであろう。