日本人と韓国人 その7 分かち合いの心

ある韓国在住の方のブログでこんな記事を見つけました。
 
韓国に来て学んだこと・・・。
それは”みんなで食べよう!!”という精神。
家は兼業農家なので農繁期の時など田んぼに出ると
色んな人が通るわけですね。
私たちは余り知らない人でも
お父さん達は知ってる人達・・・。
マウルは違うけど田んぼはお隣さんだったり。
 

田んぼで仕事して休憩中に何か飲んだり食べたりしていると
お父さんは周りを見渡して見える範囲でいる人に声をかけます。
 

「こっちに来て一緒に食べよう!!」と。
 

これはお父さんだけでなく
老いも若きもみんなそうです。
自分達だけで食べるのはすまない・・・んだそうです。
 

量が沢山あろうが少なかろうが
声をかける。
 

都会ではどうかわかりませんが
田舎では普通の風景なのです。
 

私も同居してたときは田んぼなどに軽食を持っていくときは
コップや箸などを多めに持っていったものです。
このみんなで一緒に食べよう!!という精神が私は大好き!
 
娘の遠足でも果物やトンカツなどちょっと多めに入れて
みんなで食べなよ!と渡してあげました。
 
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「・・・・・また、食事を重要視するので、なにか飲んだり食べたりする時、必ず、一緒にいる人と分け合って食べようとします。・・・」
 
という意見を耳にしました。
だいたい、この「分け合って食べよう」は、韓国の田舎にありがちな風景だと言う事です。
 

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 これを読んでいる内に聖書のモーセの律法を思い出しました。
 
穀物を収穫するときは、畑の隅まで刈り尽くしてはならない。収穫後の落穂を拾い集めてはならない。これらは貧しい者や寄留者のために残しておかねばならない。私はあなたたちの神、主である。」(レビ19/9)
 
一般的に律法は厳しい神の掟を示したものだと思われがちです。
しかし、異国人や寡婦など、生活に困りやすい人達さえも考慮した愛の教えでもあるのです。
この規定があったから有名な「ルツ記」ナオミの落穂拾いがあったのでした。
 こうして相互扶助の精神があったからこそ、ユダヤ人は長い迫害にも耐える事ができたのでしょう。
 
韓国人もまたある意味、過酷な歴史を歩んで来ました。
韓国の学者の言う事は、ちと大げさですが、少なくとも数十回に渡る他民族の侵略に耐え、民族自体が滅びる事がなかったのは、こうした相互扶助の精神があったからでしょう。
少ないものでも分け合って食べよう・・・と言う精神は、飢え死ぬ人を少なくしたでしょうから。
 

 
 
           落穂ひろい