孔子 続

孔子は道徳意識の強い人物であったが、美的感性にも恵まれていた。
 
斉の国で、官邸楽団の演奏を聞いて、心を奪われ、3月も肉を食べても味がわからないほどだった。
 
 
「3年の喪」について門人の宰我が「3年の喪は長すぎます。1年で十分ではないでしょうか?」と進言した。
孔子は「喪中でも米を食べ、錦えお着て、それで平気か」と聞く。
宰我は「平気です」と答えた。
孔子は「おまえが平気ならそうすればいい。しかし、君子が喪に服している間は、うまい物を食べてもうまくないし、音楽を聴いても楽しくない・・・」と答えた。
宰我は頬をふくらまして出て行った・・・。
 

 
孔子一行が陳や蔡の大夫たちの兵に取り囲まれた。
食料も尽き、病に倒れる門人も出てきた。
子路は怨みを抱いていう。「君子もまた窮すること有るか」-君子も困窮するのですか
 
孔子は悠然と答えた。
「-君子も当然に困窮する。しかし、小人は困窮すると乱れて何でもしてしまう。(これが違いだ)」
 
子貢は「先生の道は至大だから世に受け入れられないのです。少し道を小さくしませんか」と言って「お前の道は遠大ではないな」と叱られる・・・が、危機を救ったのは子貢で、楚の昭王に頼んで兵を回してもらった。
 
 
 
 
天の激しい怒り
 
今や天の激しい怒りが
下界に行き渡っている
だのに王の謀っていることはよこしまだ
やむ日は見当がつかない
王はよい考えには従わず
悪い考えはかえって取り上げる
自分は王の計策をみて
まことにまことに心がいたむ
 
詩経』 前11~前6C
(『詩経海音寺潮五郎、中央文庫より訳文)
 
約300の藩校

 
大宝元年(701)完成の「大宝令」には2月、8月上旬の丁(ひのと)の日に
釈てんを行う、とある。
 

 
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