創価学会と公明党へのメッセージ(1)



私の田舎の無人駅の待合室には学会を「独善的」とラクガキしてあった。もっといろんなタイプの悪口が書かれていたが、今はもう覚えていない。

創価学会を酷く言う人は多い。
だが、私は学会員の友人も多かったせいか、悪感情を持たなかった。
ここで漫画家の石坂啓さんが述べているように、彼らはみな素直で優しかったからだ。

日蓮の正しさやあるいは牧口常三郎の正しさは、彼らが証明していた。

だから、その後の人生の中で、創価学会員にはむしろ親しみを感じたし、頼まれれば、公明党にも投票した。

だが、それは3年前に深い後悔をもたらした。公明党が、形だけの反対を唱えながら、武器輸出や特定秘密法を認めたからだ。私は友人たちに公明党の不実を訴えざるを得なかった。
すると彼等は悲しい顔をしたり、困惑したり、顔をそむけた者もいた。私が苦い思いをしていたように、彼らも苦みを覚えた。

こうして公明党の偽りや誤魔化しは、私と創価学会員に亀裂をもたらしたのである。

今、公明党は、「改憲ではなく加憲だ」と述べている。だが、その時が来れば彼等が妥協するのは目に見えている。現在のおためごかしな説明は、その時になればあっさり捨てるためにあるのである。これまで武器輸出、秘密法、安保法制、解釈改憲と進んできた国家の中で中枢に近いところにいながら、その度に大切なものを一つ一つ捨ててきたのだ。最後に残ったもの=それは大日本帝国神道に殺された男の記憶=を捨てさる日も近いうちに来るだろう。

その日が来れば、創価学会は終わりを迎える。

彼らは知らないのだろうか?その男の記憶が「絶対平和主義」という理念を産み出したのである。その男の記憶と獄中で死んだ無念の想いを忘れるとき、彼等は「絶対平和主義」をかなぐり捨てるのだ。

教えて欲しい。なぜ、そんなに盲目になれるのか?



      漫画家 石坂啓さんからのメッセージ

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週刊金曜日 2014,7,4)