罪と罪の自覚について

 
 
1903年、ユングは一人の分裂病と診断された女性の担当医となった。
ユングは、彼女の見る夢について話す内に彼女の隠された過去を知るようになった。
このような過去だ。
彼女は結婚前に好きな男性がいたが、その男性は彼女に無関心だと思い他の男性と結婚した。
しかし、5年後に旧友から、彼女が結婚した時その男性がショックを受けたと聞かされた。それがきっかけで彼女の抑鬱状態が始まった。
しばらくして、さらに不幸なことが起きた。彼女は4才の娘を風呂に入れていた。彼女の住んでいた田舎では、風呂や洗濯の水は川の汚れた水を使っていた。娘はその水をスポンジで吸っていた。だが彼女はそれを止めようとしなかった。そして娘は腸チフスにかかって死んだ。
その時から彼女の抑鬱症はひどくなり、入院せざるを得なくなった。
ユングはこうした秘密を知った。彼女の抑鬱心因性のものであり、分裂病ではなかった。彼は彼女に率直に話すべきか否か悩んだ。話す事は大手術なのだから・・・。
ユングは決断し、彼女に全てを話した。それは彼女が殺人犯であると告発するに等しかった。
彼女にとってもそれを認めることは辛い事なのだ。
しかし、彼女は理解した。そして結果的に2週間後には退院し二度と入院する事はなかった。
 
         
この話はいくつかのことを教えてくれる。
① 罪を自覚するのは、つらいが、その辛さから逃れるために抑圧しても罪から逃れる事はできない。
良心は常に働き、その良心作用として病が起こる事があるのである。
② 罪はしばしば鬱状態を作り出す。
③ ゆえにその治療は、罪の話をし、自覚する事である。
④ 罪の話を聞くことは誰でも、口に苦いが、予後は良い。
⑤ 善業は善果をもたらし、悪業は悪果をもたらす
それは「神の裁き」とも言えるであろう。