仏教興隆の影に太子あり・・・聖徳太子『法華経義疏』

 
                  聖徳太子法華経義疏』
 
 「疑いの心既に生ぜば、解を得るの義あるべし」

これは何だろうか? と疑い、思うところに、はじめてその疑問を解決する道があるのだ、という意味である。
 
疑問を抱いて、それを解決することは発明、発見の源であるといわれるが、仏教においても同じで、その真髄をつかむためには、疑問を抱かねばならない。
煩悩を去って涅槃を求めよと説く他の経典とは異なって
法華経』は、それを高説する釈尊のように仏となれと説く
そのため人々は大いなる疑問をもったのであるが、その疑問こそが釈尊の真意をつかむ入口になると聖徳太子は解説したのである。
 
信仰とは信じる事だと一般的には思われている。
しかし疑う事もまた信仰なのである。
疑って、解を得る事が真理へと到る道である。
太子の仏教観がよくわかる。
 
もし太子がこのように解説していなければ、仏を神道の神々と同じように扱い、ただ祭祀だけを行うような時代が長く続いたかも知れない。
蘇我氏の仏教は隆盛していたが、それはそのような呪術的ものだった。
 
しかし太子の仏教解説は、仏教の教説に多様な疑問をもつ人達の心を擁護して、彼らの哲学性を高めたのである。そしてこのような考え方は後の奈良仏教の学僧達の研鑽の態度となったのであった。
かくして日本の仏教徒達の哲学的思考力は、少しづつ成長し、600年の後にはついに日蓮のような哲理を追える人物を生み出す事ができるようになったのである。
 
仏教興隆の影に太子あり・・・。