注連縄(しめなわ)は「蛇の交尾」を模したものであると言う
注連縄(しめなわ)は「蛇の交尾」を模したものであると言う・・・そしてそれは中東、地中海地方一帯に広がっていた「蛇信仰」によく似ているのである
http://blog-imgs-54-origin.fc2.com/k/u/r/kurokango/20120613132551b74.jpg姉崎神社の注連縄
2011年の産経新聞(6/27)夕刊9面『文化』に「蛇信仰と再生への力」と題して民俗学者の吉野裕子の唱える説の紹介がなされていた。
http://blog-imgs-54-origin.fc2.com/k/u/r/kurokango/201206131253159f0.jpg
吉野裕子氏の著作物は、いくつか読んだ記憶がある。
例えば、
■『蛇』講談社学術文庫
<この本の解説>
中々説得力のあるいい作品だった。
吉野裕子氏によると注連縄の形は『蛇の交尾』を擬したものだと云う。
http://blog-imgs-54-origin.fc2.com/k/u/r/kurokango/hebikoubi.jpg
<蛇の交尾写真>
注連縄は2本の縄を合わせて、巻いて造るが、これは「蛇の交尾」を象徴している。
そしてこれは、マリ遺跡などから発掘された「蛇信仰」の図像とよく似ているのだ。
古代オリエントには、多数の蛇信仰の形跡があった。
『聖書』に書かれている「ベル(ベリアル)」「バアル」(これは同一視される事もある)・・・など多数の蛇神が崇拝されていたのである。
http://blog-imgs-54-origin.fc2.com/k/u/r/kurokango/bcde2.jpg
こうして、北イスラエルの子孫が日本に来た時、その濃厚な「蛇(バアル)信仰」を携えて、来たのである。
http://blog-imgs-54-origin.fc2.com/k/u/r/kurokango/20120613132551b74.jpg姉崎神社の注連縄
2011年の産経新聞(6/27)夕刊9面『文化』に「蛇信仰と再生への力」と題して民俗学者の吉野裕子の唱える説の紹介がなされていた。
http://blog-imgs-54-origin.fc2.com/k/u/r/kurokango/201206131253159f0.jpg
吉野裕子氏の著作物は、いくつか読んだ記憶がある。
例えば、
■『蛇』講談社学術文庫
http://ecx.images-amazon.com/images/I/51CC0SKQ5RL._SL160_.jpg | 蛇 (講談社学術文庫) (1999/05/10) 吉野 裕子 商品詳細を見る |
<この本の解説>
中々説得力のあるいい作品だった。
吉野裕子氏によると注連縄の形は『蛇の交尾』を擬したものだと云う。
http://blog-imgs-54-origin.fc2.com/k/u/r/kurokango/hebikoubi.jpg
<蛇の交尾写真>
注連縄は2本の縄を合わせて、巻いて造るが、これは「蛇の交尾」を象徴している。
そしてこれは、マリ遺跡などから発掘された「蛇信仰」の図像とよく似ているのだ。
古代オリエントには、多数の蛇信仰の形跡があった。
『聖書』に書かれている「ベル(ベリアル)」「バアル」(これは同一視される事もある)・・・など多数の蛇神が崇拝されていたのである。
http://blog-imgs-54-origin.fc2.com/k/u/r/kurokango/bcde2.jpg
(吉野裕子全集〈第5巻〉P118~119より)
天照大神は、この祖霊の蛇としての伊勢神宮を祀り、この蛇と交わるべき最高の女蛇巫(へびふ)であった。しかし時代がたつと、皇室の祖が蛇であってはならなくなり、最高女蛇巫はその祭祀対象であった伊勢神宮に自身を昇格させて、天照大神となる。
いっぽう、蛇巫であった頃の天照大神の面影を伝えるものは天鈿女、祖霊の蛇の名残をとどめるものは猿田彦、というふうに分化、伊勢大神という祖霊の蛇は、表面からはまったく姿を消したのである。
さきにわたしは、天孫を迎え出た猿田彦こそ伊勢大神であり、かつ蛇神であろうと推測したが、『日本書紀』によれば、その猿田彦は五十鈴川の川上に向かったということである。ここに「五十鈴川に祀られる神こそ伊勢大神の前身である」という古伝承を合わせると
猿田彦=五十鈴川の神(『日本書紀』)
五十鈴川=竜蛇=伊勢大神(古伝承)
ということになり、猿田彦が蛇神で伊勢大神であろうという推測が、にわかに現実性を帯びて迫ってくるのである。
<関連書籍>
吉野裕子全集〈第5巻〉日本人の死生観・陰陽五行と日本の民
こうして、北イスラエルの子孫が日本に来た時、その濃厚な「蛇(バアル)信仰」を携えて、来たのである。